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この記事の要点
- 発明者の名前が最も残ったのはカメラの69.2%、最も減ったのは半導体の露光装置の46.8%でした。
- 映像系の出願はピークの2009年1,226件から、2024年は120件になりました。
- それでも映像系が全出願に占める割合は43.6%で、1991年の44.0%とほぼ同じです。
願書に載る発明者の名前
カメラの技術者は行き場を失った。ニコンについて、そう言われることがあります。
人事のことは、外からは見えません。ただ、特許なら公開されています。特許を出すときの願書には、会社名とは別に、発明者の個人名が載ります。
そこで、同じ名前が10年後にどの書類へ出てくるかを数えました。2005年から2015年にある分野で2件以上出した人を集め、2016年から2024年にも出願があるかを見ます。この割合を、その分野の残存率と呼びます。
対象はニコンの出願51,365件と、そのうちカメラ・レンズ・撮像素子まわりの技術者1,008人です。
図1|ニコンの映像系の出願件数 1991–2024年

数だけ見れば、たしかに縮んでいます。
分野別の残存率
1,008人のうち、610人が2016年以降も名前を出していました。全体では60.5%です。
分野別に割ると、順番は思っていたのと逆になりました。
図2|分野別に見た、発明者の名前が残った割合

いちばん高いのはカメラの69.2%、いちばん低いのは露光装置の46.8%です。その差は22.4ポイントでした。露光装置は、半導体の回路の型を光でウェハに焼き付ける装置です。
カメラをやめたと言われる会社で、カメラの人がいちばん残り、半導体の人がいちばん減っています。
露光装置へ移った人数
余ったカメラの人を半導体へ回したのではないか、と考えるのが自然です。これも数えられます。
前の期間と後の期間で、その人が主にどの分野で発明していたかを突き合わせました。動きの大半は露光装置の中か、カメラと撮像装置の中で完結しています。
図3|カメラと撮像装置の発明者の、その後の分野

カメラや撮像装置から露光装置へ渡ったのは、16人でした。
出願が多い分野と映像系の割合
では、ニコンはカメラをやめたのでしょうか。2016年から2024年の出願を分類の記号で数えると、いちばん多いのは撮像装置でした。1件の出願に記号が複数付くので延べの数になり、撮像装置1,091件、露光装置642件、カメラ502件と続きます。
商品として畳んだのはコンパクトデジカメです。カメラの出願そのものは、いまも続いています。
図4|映像系が全出願に占める割合

割合で見ると、その形がはっきりします。映像系は2011年に64.1%まで上がったあと下がりますが、2024年でも43.6%です。1991年の44.0%とほぼ同じ水準でした。
出願の総数は減りましたが、中身の構成は30年前に戻っただけでした。
決算の順番との一致
ここまでは特許だけの話です。財務を並べると、噛み合います。
2025年3月期の営業利益は、映像事業が413億円でした。露光装置を持つ精機事業は15億円で、前の年の152億円から10分の1になっています。
人が残った分野が稼ぎ、人が減った分野からは利益が消えました。どちらが原因かはこのデータで決められませんが、発明者の名簿と決算書は同じ順番に並んでいます。
カメラのレンズから露光装置へ
そもそも、カメラの会社がなぜ半導体の装置を作っているのか。これも特許に残っています。審査官が「これは昔のこれに似ている」と挙げる引用をたどれば分かります。
図5|映像系の公報を、映像系でない出願が引いた組

半導体露光装置の出願が引いているのは、自社のカメラとズームレンズの特許でした。レンズ設計と焦点合わせの蓄積が、そのまま半導体の装置へ流れ込んでいます。
フィルムに光を当てて像を焼くのが写真です。マスクに光を当ててウェハに回路を焼くのが露光装置で、装置の名前も売り先も違いますが、骨格は同じです。特許の分類もそれを裏書きしていて、半導体の露光装置は長いあいだ写真の焼付け機の群に入っていました。
引く側の出願年は1980年代から2020年代まで散らばっています。30年以上かけて、光学の技術が別の製品へ移り住んだ記録です。
同じ見方で写真フィルムの会社をたどったのが、富士フイルムの記事です。














