事業をやめると、その事業をやっていた技術者はどうなるのか。社内の別の部署へ移るのか、会社ごと出ていくのか。外からは見えにくい話ですが、特許の出願書類には発明者の名前が書かれています。同じ名前が、そのあとどの分野の書類に出てくるか。それを数えれば、輪郭くらいは掴めます。
対象はニコンとオリンパスにしました。オリンパスは2021年1月に映像事業をOMデジタルソリューションズへ譲渡していて、区切りがはっきりしています。ニコンは2016年から2017年にかけて事業を組み替えました。比較のために、カメラを続けたキヤノンも横に置きます。
数えたもの
出願人は識別番号で指定しました。特許庁が出願人ごとに振る番号で、社名が変わってもこの番号は変わりません。文字で「ニコン」を拾うとメニコン・テクニコン・ユニコンまで入ってしまうので、番号で指しています。ニコンは47,928件(1974–2026年)、オリンパスは本体にオリンパスメディカルシステムズとオリンパスイメージングを足して82,605件。OMデジタルソリューションズは77件です。実際に集計したのは、このうち1991年から2024年に出願されたぶんです。
オリンパスを3社まとめて1つに数えているのは、名義が社内を行き来しているからです。オリンパスイメージング名義の出願は2004年から2014年までで、2015年以降は0件。2015年4月に本体へ吸収されたことと一致します。オリンパスメディカルシステムズの方は逆で、2015年から2020年までが0件、2021年から10件・31件・70件・64件と戻ってきています。分けたまま数えると、会社の増減とは別の理由で数字が動きます。
分野はIPCで切りました。IPCは特許庁が出願の技術内容に付ける記号で、G02B7のような粒度(メイングループ)まで下ろすと製品くらいの細かさになります。分野の呼び名は、その記号が付いた出願の発明の名称でいちばん多いものから採りました。IPCの正式名称ではなく、実データから付けた名前です。
この記事でいう映像系は、G03B(写真用装置)とH04N(画像通信)に、G02B7・G02B13・G02B15(レンズの取付、対物レンズ、ズーム)とH01L27(固体撮像素子)を足したものです。ただし、そのうち医療の分類(A61Bなど)も一緒に付いている出願は映像系から外しました。オリンパスの電子内視鏡が映像の分類を持っているためで、外さないとH04N7の2,033件のうち1,385件(68%)が内視鏡の出願になってしまいます。映像系ぜんたいでも、オリンパスは13.6%が医療と重なります。ニコン側でこの条件に当たるのは1.0%です。
集計の窓は1991年から2024年にしました。1990年は出願人の名前が入っている割合が39.7%まで落ちるので、そこから先には遡っていません。
映像系の出願件数と、全出願に占める比率

図1の上が件数です。ニコンの映像系は2009年の1,226件がピークで、2024年は120件。オリンパスは2000年の1,034件がピークで、2023年と2024年は0件です。
この図だけでは「カメラをやめたから減った」とは読めません。両社とも全出願そのものが減っていて、オリンパスは2024年に全部で72件しか出していないからです。データが欠けているわけではありません。同じスナップショットで日本全体の特許出願は2024年に272,871件あり、キヤノンは2018年7,165件・2024年6,013件、セイコーエプソンは2018年2,285件・2024年1,988件と、途切れずに出しています。
分母を揃えたのが図1の下です。ニコンの映像系は2011年の64%がピークで、2024年は44%。1991年も44%なので、30年の初めと同じ水準に戻ったことになります。オリンパスは2001年の41%がピークで、2013年に32%、2019年に15%、2023年からは0%です。比率でも落ちているのはオリンパスだけでした。
2016年以降、いちばん多いのは何の出願か
2016年から2024年の出願をメイングループごとに数えると、ニコンでいちばん多いのはH04N5(撮像装置)で1,091件です。2番目が露光装置のG03F7で642件、3番目がG02B7(カメラ)で502件。畳んだのはコンパクトデジタルカメラであって、映像系の出願は今も社内で最大の塊です。
同じ期間のオリンパスは、A61B1(内視鏡)が1,702件、G02B23(内視鏡)が1,075件。映像系のH04N5は545件まで下がり、2024年には0件になります。
発明者の残存率
前期にその分野で出願していた人が、後期にも何か出しているか。この割合を残存率と呼ぶことにします。母数は「前期に映像系で2件以上出した発明者」です。1件だけの人を入れないのは、名前が1件しか載らない発明者がニコンで52%、オリンパスで44%を占めるからです。入れると分母の半分が「1回だけ名前が載った人」になります。
オリンパスだけ期間の切り方が違うのは、事業譲渡が2021年1月だからです。譲渡をまたぐように2010–2019年と2020–2024年で切りました。ニコンとキヤノンは、ニコンの事業再編に合わせて2005–2015年と2016–2024年です。
| 母数 | 後期にも出願 | 残存率 | 後期の出願総数 | |
|---|---|---|---|---|
| キヤノン(2005–15 → 2016–24) | 4,647人 | 3,336人 | 71.8% | 55,742件 |
| ニコン(2005–15 → 2016–24) | 1,008人 | 610人 | 60.5% | 4,012件 |
| オリンパス(2010–19 → 2020–24) | 685人 | 109人 | 15.9% | 515件 |
この表を3社の比較として読むことはできません。オリンパスの後期は5年、ニコンとキヤノンの後期は9年で、窓が短いぶん同じ人でも「現れない」側に入りやすくなります。後期の出願総数も515件と55,742件では100倍違い、会社が出願を絞れば誰も辞めていなくても残存率は落ちます。
この数え方は雇用の話でもありません。数えているのは後期の出願書類に名前が出てくるかどうかだけで、退職したのか、社内の別部署へ移って出願をしなくなったのか、定年なのかは区別できません。
同じ会社の中で分野を比べる
会社をまたいだ比較ができないなら、同じ会社の中で分野どうしを比べます。後期の出願総数という条件が全分野に共通なので、「映像系だけが減ったのか」には答えられます。図2は各社とも母数の多い6分野を並べたものです。

ニコンでは、映像系の残存率はこの6分野の中で高い方でした。G02B7(カメラ)が69%(234/338人)、G03B17(カメラ)が67%(281/422人)、H04N5(撮像装置)が62%(480/773人)。低いのは露光装置で、H01L21が47%(275/587人)、G03F7が55%(215/388人)です。この6分野の中で発明者が最も減ったのは、カメラではなく半導体露光装置でした。
オリンパスでは、映像系の残存率は19%から21%です。内視鏡のA61B1も19%(211/1,119人)、G02B23も19%(156/835人)で、ほとんど同じでした。顕微鏡のG02B21は11%(29/270人)とさらに低い。映像系の人だけが消えたのではありません。ひとつ外れているのが内視鏡用処置具のA61B17で30%(82/274人)。鉗子やスネアといった器具の側は、映像や光学より人が残っています。
なお図2のニコンにあるH04N101は、H04N5とほぼ同じ出願に付いている記号です(ニコンでこの記号が付く2,232件のうち2,190件にH04N5も付いています)。撮像装置が2行出ているのはそのためで、別の分野が2つあるわけではありません。
前期の主分野から、後期の主分野へ
残った人がどこにいるかを見たのが図3です。主分野は、その期間にその人が出した出願で最も件数の多いメイングループとしています。

ニコンでは、露光装置(H01L21)の125人が後期も露光装置(G03F7)を主分野にしています。撮像装置(H04N5)の120人は撮像装置、カメラ(G02B7)の65人はカメラ。分野の中に留まる形が主で、映像系から露光装置へ入った人は前期H04N5の8人、前期G03B17の3人にとどまります。
オリンパスでは、内視鏡(A61B1)の146人が内視鏡へ、撮像装置(H04N5)の60人も内視鏡へ入っています。映像系の685人のうち後期にも出願がある109人、そのうち後期の主分野が決まるのは97人で、内視鏡を主分野にしているのが44人。社内に残ったカメラの人の行き先は、内視鏡が最多でした。
移った先で最初に書かれた公報を挙げると、オリンパスの内視鏡では特開2021-122455「内視鏡システム」(出願2020年2月4日)、特開2021-144111「撮像光学系、及びそれを備えた撮像装置」(同2020年3月11日)。後者は題名に撮像光学系と書きながら内視鏡の分類が付いています。ニコンの電子機器(G06F3)では特開2017-134699「電子機器、およびプログラム」(同2016年1月29日)です。
後期の主分野が前期と違う人の割合は、キヤノンが52.9%でいちばん高くなります。ニコンは37.9%、オリンパスは78.4%。プリンタ(B41J)や複写機(G03G)を持つキヤノンでは、人が製品間を移るのが平常運転です。この割合は多角化の度合いを測っているだけで、撤退の強さを測るものではありません。
オリンパスの映像系発明者685人
前期に映像系で2件以上出した685人を、後期の2つの名義で引き当てたのが図4です。

オリンパス名義の出願だけに名前があるのが95人、OMデジタル名義だけが49人、両方にあるのが14人。オリンパス名義に名前があるのは合わせて109人で、上の表の残存者と同じ人たちです。どちらにも現れないのが527人(77%)でした。
OMデジタル名義の77件には、性質の違う2種類が混ざっています。出願年でみると2016–2020年が65件、2021–2024年が12件。前者は2021年1月の事業譲渡の時点で審査中だった出願で、名義がOMデジタルに書き換わったものです。オリンパスが出願したものなので、そこに載っている発明者87人のうち61人が前期の映像系発明者なのは、ほとんど定義どおりの数字であって、人が移った証拠にはなりません。
人の移動が読めるのは後者、OMデジタルが自ら出した12件の方です。その発明者は13人で、うち9人が前期のオリンパスの映像系発明者でした。人ごと移った例はあります。ただし12件・13人という規模なので、ここから新会社の開発体制を語ることはできません。
527人については、人数と割合以上のことは書けません。退職したのか、譲渡先にいて出願をしていないのか、社内にいて出願から離れたのか、このデータでは区別がつきません。
引用でつながっているもの
人がほとんど動いていないなら、技術も動いていないのか。それを別の角度から見るのが自社引用です。特許の審査では、審査官が「似た先行技術」として過去の公報を挙げます。その挙げられた先が同じ会社の過去の出願で、しかも映像系だったという組を数えたのが図5です。出願人が自分で挙げる引用とは別のもので、そちらはこのデータに入っていません。

ニコンでは、写真の焼付機(G03B27)を露光装置(H01L21)が引く組が254ペア、同じくG03F7が引く組が215ペアあります。レンズ側からも、カメラ(G02B7)→露光装置(H01L21)が135ペア、ズームレンズ(G02B13)→露光装置が110ペア。半導体露光装置の出願が、写真の焼き付けとレンズの資産を先行技術として挙げている形です。
オリンパスでは、撮像装置(H04N5)→顕微鏡(G02B21)が121ペア、撮像装置→内視鏡(A61B1)が84ペア、撮像装置→内視鏡(G02B23)が72ペアです。
ここで期間に注意が要ります。引用する側の出願年は1983年から2025年までの累計で、大半は1980年代から2000年代のものです。近年の事業再編にひもづく数字ではないので、「カメラをやめたあとに技術が移った」とは読めません。読めるのは、映像の出願が社内で長く先行技術として参照されてきた、というところまでです。
この数え方で分からないこと
同一人物の判定は、同じ出願人の中での氏名一致です。表記の正規化はNFKC変換と空白除去だけで、旧字と新字(髙と高、邊と辺)は別人として扱われます。逆に同姓同名は同一人物として数えます。
どのくらい混ざるのかを見るために、対象になった人の氏名が全国の発明者名簿にいくつ出てくるかを数えました。ニコンの610人では、全国で50件未満(ほぼ一意)が53%、50–200件が39%、1,000件以上が0.7%。オリンパスの109人では51%・37%・0.9%です。ただし全国件数だけでは多作な本人を弾いてしまいます(ある名前は全国1,325件のうち1,298件が同じ会社の同一人物でした)。別の目安として、社内での見かけのキャリアが35年を超える人がニコンで45人(7.4%)、オリンパスで10人(9.2%)います。1983年から2025年まで出願がある行などは、同名の別人が重なっている疑いが濃いものです。
そして、なぜ事業を縮小したのかは特許データには何も出てきません。市場のことも、経営判断も、この集計からは分かりません。分かるのは、書類の上で誰が何を書き続けたかだけです。
出所とデータの作り方
- 特許の集計|特許庁「特許情報標準データ」「整理標準化データ」(2026年2月28日時点の全件スナップショット)。出願人は特許庁が出願人ごとに振る識別番号で指定しました。ニコン=000004112、オリンパス=000000376(オリンパス光学工業を含む)にオリンパスメディカルシステムズとオリンパスイメージングを足したもの、OMデジタルソリューションズ=321001056。日付はすべて出願日です。
- 対照に使ったキヤノン|「キヤノン株式会社」名義の出願のうち2005–2024年の139,973件。子会社は含めていません。
- 本文で件数に触れた他社|セイコーエプソン株式会社(名義一致)の出願件数は2018年2,285件、2020年2,031件、2024年1,988件。キヤノンは同じく2018年7,165件、2024年6,013件。いずれも上記スナップショットからの集計です。
- 分野の切り方|IPC(特許庁が出願に付ける技術分野の記号)のメイングループ(G02B7のような粒度)で切り、分野の呼び名はその群でいちばん多い発明の名称から採りました。IPCの正式名称ではありません。1つの分類コードには記事を通して1つの呼び名だけを使っています。
- 同一人物の判定|同じ出願人の中での氏名一致で数えています。表記はNFKC正規化と空白除去だけを掛けており、旧字と新字(髙と高、邊と辺)の違いは吸収していません。同姓同名の別人が混ざる余地があります。
- 引用|審査官が審査の中で挙げた引用のみです。出願人が自分で挙げた引用はこのデータに収録されていません。引用先として突き合わせられるのは公開特許公報だけで、公告公報・実用新案・外国文献は落ちます。
- 直近の出願は出そろっていません。特許は出願から原則1年6か月後に公開されるため、2022年以降の件数はまだ増えます。図1で網かけにしてあるのはそのためです。
- 「ニコン」「オリンパス」「OM SYSTEM」はそれぞれの企業の商標です。この記事は公開データにもとづく独自の集計で、各社との提携・公認関係はありません。