求人票に書かれているのは、募集している職種と待遇までです。その部署がこれから増えるのか減るのか、会社がどの技術に人と予算を注いでいるのかは書かれていません。IR資料には書かれていますが、あれは会社が見せたい形に整えた説明です。
特許は違います。出願は特許庁への法律上の手続きなので、会社の都合で見栄えを整えられません。そして特許法の定めで、出願から1年6か月たつと中身が公開されます。いつ、誰が、どの分野の発明をしたか。会社が発表していなくても、開発の記録は日付つきで表に出てきます。閲覧はJ-PlatPatという無料のサービスで誰でもできます。
このサイトは、その公開データを会社ごとに全部数えて記事にしています。この記事は、その数え方の説明書です。どの数字を見ると何が言えて、何が言えないか。4本の記事で実際に使った5つの見方を、実例つきで並べます。
出願の数の増減
いちばん単純な見方です。年ごとの出願件数を並べて、増えているか減っているかを見ます。出願にも維持にも費用がかかるので、件数は会社が発明に割いている人と予算の粗い目安になります。
富士フイルムは1991年から2024年までに11万175件を出しました。2005年の6,920件がピークで、2018〜2022年は平均1,657件。ピークの24%です。写真フィルムの市場が消えた時期と重なっていて、会社が発明に使える人と予算がそれだけ細ったことが読み取れます。
この数字で言えるのは、開発投資の増減の向きまでです。言えないことが2つあります。
減った会社が終わるわけではありません。富士フイルムは出願を4分の1に減らしながら、半導体材料では首位を守り続けました。どこを削り、どこを守ったかは、次の「分野」まで降りないと見えません。全体の推移と中身の入れ替わりは11万件をたどった記事にあります。
もうひとつ、直近の2〜3年は必ず少なく出ます。公開が出願の1年6か月後なので、集計した時点では直近分の出願がまだ表に出ていないためです。ここを読み違えると、どの会社も「最近失速した」ように見えます。このサイトの図で直近が網かけになっているのは、この理由によります。
分野ごとの構成
全体の件数が減っていても、特定の分野だけ増えていることがあります。逆もあります。だから件数の次は、何に寄せているかを見ます。
日東電工の例がはっきりしています。液晶用偏光板の日系メーカーの世界シェアは、2016年の55.5%から2023年には10%以下へ落ちました。市場の数字だけなら撤退した分野に見えます。ところが偏光板まわりの出願を数えると、2018〜22年に1,014件と自社の過去最高でした。中身は液晶向けから有機EL向けへ入れ替わっています。シェアを失ったと言われている場所に、この会社はいちばん人を置いていました。数字の食い違いの全体はシェアと出願が逆に動いた記事にあります。
言えるのは、会社が実際にどこへ人を置いているか、です。看板や市況とは独立に確かめられます。
言えないのは、件数の多い分野が稼ぐ分野だ、ということです。同じ日東電工で、営業利益の74%を稼ぐ光学事業より、利益率の低いテープ事業のほうが長く出願件数は多いままでした。製法をあえて特許にせず、社内のノウハウとして抱える領域もあります。件数の少なさは手薄さと同義ではありません。
発明者の名前の残り方
特許の願書には、出願人(会社)とは別に発明者の個人名が載ります。同じ名前が10年後の書類にも出てくるかを数えると、どの分野に人が残っているかが分かります。人事の情報は外から見えませんが、これは全部公開されています。
ニコンの例です。映像系の発明者1,008人を20年ぶん追跡すると、後の期間にも名前が出てくる割合はカメラで69.2%、半導体の露光装置で46.8%でした。「カメラをやめた会社」という看板と逆に、残っていたのはカメラの人で、消えていたのは半導体の人です。数え方と結果の全体は1,008人を追跡した記事にあります。
言えるのは、同じ会社の中で、どの分野の人がよく残ったかの比較です。会社の景気も出願の方針も社内なら共通なので、分野どうしなら公平に比べられます。
言えないことのほうが多い数字です。残存率は在籍率ではありません。退職した人も、異動した人も、特許を書かなくなっただけの人も、同じように「消えた」と数えられます。他社との比較もできません。期間の長さも規模も違うからです。同じ会社の中の分野どうしを比べるためだけの数字です。
出願から商品までの間隔
出願の日付と商品の発売日を突き合わせると、その会社が何年先の仕込みをしているかを測れます。
任天堂の出願3,293件を古い順にたどると、マウスをゲームの操作に使うという発想は1999年8月の書類に出てきます。同じ発想を看板にしたNintendo Switch 2の発売まで25年9か月。一方でコントローラの振動は、出願から商品まで6か月でした。書類と商品の間隔は機能によってここまでばらつきます。5つの機能で測った結果は任天堂の25年をたどった記事にあります。
技術が製品より長生きする例もあります。富士フイルムでは、X線写真の濃淡を調整する1984年の発明が、2023年の出願の審査でもまだ引かれていました。40年近く前の仕事が、いまの発明の物差しとして使われ続けています。
言えるのは、書類の日付と商品の日付の間隔、つまり研究の射程の長さです。言えないのは、その出願の技術が実際にその商品に使われたかどうかです。1999年の書類はSwitch 2の設計図ではありません。同じ発想が25年前にあった、というところまでです。
決算の数字との重なり
ここまでは特許だけの話です。売上・利益・研究開発費と並べると、開発の話が経営の話になります。有価証券報告書はEDINETという金融庁のシステムで誰でも読めます。
ニコンでは、発明者の残存率の順番と決算の順番が一致しました。残存率がいちばん高いカメラを含む映像事業が利益のほぼ全てを稼ぎ、残存率がいちばん低い露光装置の精機事業は利益が前期から9割減っていました。数え方のまったく違う2つの数字が同じ順番になっています。
日東電工では、順番ではなく時間差が見えました。ディスプレイ材料の出願のピークから約10年後に、利益のピークが来ています。決算に数字が出てくる頃には、開発の現場ではとっくに勝負がついているわけです。
言えるのは、特許の動きと決算が噛み合っているかどうか、そして特許のほうが先に動くことがある、ということです。言えないのは因果です。人が残った分野が稼いだのか、稼ぐ分野に人を残したのかは、この並べ方では決められません。もうひとつ、特許は出願年(暦年)、財務は会計年度で締めの時期が違うので、同じ年に重ねた図は正確になりません。このサイトでも「順番が一致する」「約10年ずれる」という並べ方に留めています。
5つをどの順で見るか
順番は上に書いたとおりです。まず件数で全体の向きをつかみ、分野に降りて力の入れどころを探し、発明者で人の動きを確かめる。余裕があれば商品との間隔と決算を重ねます。
どの見方にも「言えないこと」が付いています。1つの数字だけで会社を決めつけると外します。件数が減っていても守っている分野があり(富士フイルム)、シェアが落ちていても出願が過去最高の分野があり(日東電工)、撤退したと言われる分野に人がいちばん残っていることがあります(ニコン)。5つの数字が同じ向きを指したときに、初めてその会社について言えることが増えます。
元のデータはすべて公開されています。特許はJ-PlatPatで、決算はEDINETで、どちらも無料です。このサイトの記事は、その公開データを会社ごとに数え直したものです。
出所とデータの作り方
- 出願公開の時期|特許法第64条「特許庁長官は、特許出願の日から一年六月を経過したときは、特許掲載公報の発行をしたものを除き、その特許出願について出願公開をしなければならない」。e-Gov法令検索(https://laws.e-gov.go.jp/law/334AC0000000121)で条文を確認しました。
- J-PlatPat|独立行政法人 工業所有権情報・研修館(INPIT)の案内ページ(https://www.inpit.go.jp/j-platpat_info/index.html)で、無料で特許情報の検索・閲覧サービスを提供していること、特許・実用新案・意匠・商標の公報情報と審査経過等が収録されていることを確認しました。
- EDINET|金融庁「EDINETについて」(https://www.fsa.go.jp/search/20130917.html)で、有価証券報告書等の開示書類の電子開示システムであり、閲覧サイトが公開されていることを確認しました。
- 記事中の会社ごとの数字|このサイトの既存4記事(日東電工・任天堂・富士フイルム・ニコン)の集計をそのまま使っています。集計の方法と限界は各記事の出所欄にあります。この記事で新しく数えた数字はありません。
- 「日東電工」「任天堂」「富士フイルム」「ニコン」は各社の商標です。この記事は公開データにもとづく独自の集計で、各社との提携・公認関係はありません。
同じ集計を自社・競合の任意の会社で回す依頼も受けています。 分析のご相談


