特許庁の全出願データから、企業がどこに発明を寄せてきたかを読む

第2回 / 任天堂

「世界最強の法務部」任天堂の必勝法は、特許を出願しないことだった

知財の争いで負けない会社の武器庫を数えたら、業界4位だった。強さは数ではなく、後出しができる形にあった。

任天堂は、知財の争いでほとんど負けません。

『マリオカート』に似せた公道カートの会社には、5,000万円。ゲームを違法にコピーする機器の業者には、約9,000万円。スマホゲーム『白猫プロジェクト』のコロプラとは和解し、報道された和解金は33億円でした。40年以上前、アメリカで『ドンキーコング』をめぐって大手映画会社に訴えられたときも、勝っています。

国内の知財の争いで、この会社が負けた記録は見当たりません。

「任天堂の法務部は世界最強」と言われるのは、この積み重ねのせいです。

図1|負けない会社の40年
図1|負けない会社の40年任天堂が関わった知財の争いの年表。ドンキーコング(1982〜84年、勝訴)、ユリ・ゲラー(2000年、勝訴)、マジコン(2009〜13年、勝訴・約9,000万円)、マリカー(2017〜20年、勝訴確定・5,000万円)、コロプラ(2017〜21年、和解・報道33億円)、パルワールド(2024年〜、係争中)。海外ではフィリップス(英国、2014年)に敗れ、クロスライセンスで決着した例もある。訴訟の記録は特許データには入っていないため、すべて公開情報による。SVG

では、その強さはどこから来ているのか。

今回は、特許庁に登録されているデータから調べてみました。任天堂の特許は、いちばん古い1976年のものから3,406件あります。

数えてみると、ペンの予想は外れていました。

図2|強い会社が、いちばん出している会社ではなかった
図2|強い会社が、いちばん出している会社ではなかった2000〜2024年の特許出願件数。コナミ6,549件、ソニー・インタラクティブエンタテインメント4,485件、バンダイナムコエンターテインメント3,694件、任天堂2,960件、セガ2,612件。ソニーグループ本体は84,201件で桁が違うため外してある。SVG元データ(CSV)

任天堂は、特許をあまり出していません。ゲーム会社の中で4番目です。いちばん多いコナミの、半分にも届きません。

数で押している会社ではありませんでした。

必勝法は、後出しじゃんけんだった

特許は、出したあとで中身を決められます。

書類を出すときは、思いつくかぎり広く書いておきます。こういう形でもいい、こう応用してもいい、と並べておく。どこまでを自分のものにするかは、この時点では決めません。

そして審査が終わっていないあいだなら、書いておいたことの中から、新しい特許をあとで作れます。

大きな布を一枚出しておいて、あとから必要な形に切り出す。切り出せるのは、布の内側だけです。特許の世界では、これを分割出願と呼びます。

図3|後出しなのに、日付は相手より前になる
図3|後出しなのに、日付は相手より前になる分割出願のしくみ。①出願のときに書類へ広く書いておき、どれを権利にするかは決めない。②他社の製品が出てくる。③その製品に当たる形を、書いてあった中から切り出す。④切り出した権利の日付は元の出願日まで戻るので、あいだに出た製品より前になる。切り出せるのは審査が終わるまでのあいだだけ。模式図で、時期や期間の長さは実際の比率ではない。SVG

ここが効きます。切り出した権利の出願日は、元の出願日まで遡ります。

2005年の書類から2016年に切り出した権利は、2005年に出したものとして審査されます。そのあいだに世に出た他社の製品は、審査で持ち出されません。

つまり、相手の製品を見てから作った権利に、相手より前の日付が付きます。

普通の特許は、先に書いた権利で、あとから出てきた製品を捕まえられるかどうかの勝負です。これは、順番が逆でした。

ただし条件が2つあります。

布に書いていないものは、切り出せません。

審査が終わってしまうと、切り出せません。

任天堂の特許は、この2つに向けて作られていました。

だから、1本を分厚く書く

ひとつめの条件は、布の大きさです。

特許の書類には「請求項」という項目があります。この発明はここまでが自分のものです、と線を引く文で、1件の中にいくつも並べます。線を1本引くには、それを裏づける説明が書類の中になければなりません。請求項が多いということは、布が大きいということです。

日本の特許は、この項目が5つ以下のものが4割を占めます。任天堂は7%しかありません。逆に16項以上が、半分近くあります。

図4|1件の中に、いくつ線を引いているか
図4|1件の中に、いくつ線を引いているか登録された特許の請求項数の分布。日本の全出願は1〜5項が42.1%で最も多い。任天堂は1〜5項が7.1%しかなく、16項以上が47.5%(全出願は11.5%)。中央値は任天堂15項、日本の全出願6項。2000〜2024年の出願で、登録されたものだけを数えている。SVG元データ(CSV)

数は4位。でも、1本ずつが厚い。あとから切り出す材料が、それだけ多いということです。

そして、切り出せる期間を延ばす

ふたつめの条件は、時間です。

審査が終われば、その出願からは切り出せなくなります。裏を返せば、審査が終わらないかぎり切り出せます。

特許は、出しただけでは審査されません。「審査してください」と別に頼む必要があって、その期限が出願から3年です。頼まなければ、その出願は無かったことになります。

この3年をどう使うかで、切り出せる期間が変わります。

期限まで待つのは、日本の会社なら普通のことでした。全出願の中央値も1,000日近くあります。任天堂の1,052日は、その中でやや長いだけです。

違ったのは、長さではなく形でした。

図5|山が2つあって、あいだが空いている
図5|山が2つあって、あいだが空いている審査を頼むまでの日数の分布。任天堂は100日以内が15.5%、期限直前の1,000〜1,100日が65.5%で、そのあいだの300〜900日は9.3%しかない。日本の全出願は同じ区間に25.0%いて、なだらかに分布している。中央値は任天堂1,052日、全出願982日。期限は出願から3年(1,095日)。出願2000〜2016年。SVG元データ(CSV)

任天堂の出願は、2つの山に分かれます。出してすぐ審査を頼むものが15%。期限の直前まで待つものが65%。そのあいだ——出して10か月から2年半——にいるのは、9%しかありません。日本全体では、ここに4分の1がいます。

出してすぐ頼むのは、出した時点でもう決まっているということです。期限まで待つのは、決めずに置いておくということです。任天堂の出願は、そのどちらかに寄っていて、あいだがありません。

伏せたまま持っておく、ということです。

決めてからは、速い

一気に動きます。

任天堂は「早期審査」をよく使います。急いでほしいと申し出て、順番を前に出してもらう仕組みです。使う割合は日本全体の3倍。使えば半年ほどで権利になり、使わなければ2年近くかかります。同じ会社の中で、4倍の差です。

コロプラとの争いで使われた6件を並べると、はっきりします。

図6|待った時間と、決めてからの時間
図6|待った時間と、決めてからの時間訴訟の対象になった特許6件について、出願から審査請求までの日数(待った時間)と、審査請求から登録までの日数(決めてからの時間)を2色の帯で並べた。4262217は待った時間が1,081日で、決めてからは315日。3734820は待った時間206日、決めてから214日で、出願から420日で権利になっている。分割出願の5595991と6271692が29日・31日で審査請求しているのは制度上の期限によるもので、判断の速さではない。SVG元データ(CSV)

指で画面をずらしてキャラクターを動かす操作の特許は、出してから半年で審査を頼み、早期審査に乗せて、1年2か月で権利になっています。出願は2004年9月。タッチパネルを積んだニンテンドーDSが発売される、3か月前でした。

長押しで攻撃をためる操作の特許は、逆です。3年近く手をつけずに置いて、期限の直前で審査を頼み、そこからは1年足らずで仕上げています。

伏せておくのと、一気に抜くのが、同じ棚の中に並んでいました。

2005年に出した1本が、まだ閉じていない

ここまでの話が、そのまま出ている1本があります。

2005年7月、任天堂は「通信ゲームシステム」という書類を出しました。ゲーム機同士がつながる仕組みの話です。審査を頼んだのは、期限の29日前でした。

そして権利になる直前から、この1本が枝分かれを始めます。

2011年に4本。2013年に1本。2015年に1本。2016年に1本。2017年に1本。2019年に1本。

図7|1本の書類が、14年かけて7代に伸びた
図7|1本の書類が、14年かけて7代に伸びた2005年7月27日の出願を起点に、そこから切り出された9件を出願日の位置に並べた家系図。7代まで続き、いちばん新しい枝は元の出願の14.3年後にあたる。2代目(特許5595991)と5代目(特許6271692)がコロプラとの争いで使われた。6代目は出願から8年たったいまも、まだ処分が付いていない。上に重ねた提訴・和解の日付は任天堂とコロプラの公表による。SVG元データ(CSV)

7代まで続いて、いちばん新しい枝は元の出願の14年後に出ています。

このうち2本が、コロプラとの争いで使われました。

1本目は2011年に切り出したものです。2本目は2016年12月に切り出したもので、権利になったのは2018年1月12日でした。

任天堂が訴えを起こしたのは、2017年12月22日です。

この特許は、争いが始まったあとに生まれています。

そして提訴の3日後、2017年12月25日に、この一族の6本目が出願されています。この出願は、いまも決着していません。出してから8年、まだ審査が続いています。

まだ、切り出せる状態です。

通ったあとも、書き直せる

権利になったら終わり、でもありませんでした。

「訂正審判」という手続きがあって、成立したあとでも請求項を書き直せます。広げることはできません。範囲を狭めたり、書き方をはっきりさせたりして、無効にされにくい形に整えるための手続きです。

指で画面をずらす操作の特許は、2016年8月12日に訂正が確定しています。一度出した訂正を6月に取り下げて、その日のうちに出し直して、通しています。

任天堂が訴えを起こしたのは、2017年12月22日です。

2018年11月30日、任天堂は4件の訂正をまとめて請求しました。争いで使っている6件のうち4件です。全部が通り、2019年の6月に確定しています。

訂正審判は全部で8件ありました。6件が通り、2件は自分から取り下げています。通らなかったものは、ありません。

数ではなく、1本の質と、動かすタイミングだった

任天堂のやり方を、順番に並べるとこうなります。

出願のとき、書類に広く書いておきます。あとから切り出せるのは、ここに書いてあることだけだからです。請求項は中央値で15項。日本の平均は6項です。

審査は、すぐには頼みません。審査が終わると、切り出せなくなるからです。3分の2が、期限の直前まで動きません。

他社の製品が出てきたら、その製品に当たる形を切り出します。日付は元の出願日になります。

早期審査に乗せて、半年で権利にします。使う割合は、日本全体の3倍です。

権利になったあとも、訂正で形を整えます。

ただし、真似はしにくい

難しいところが2つあります。

ひとつは、最初の書類で上限が決まることです。20年後にどんな製品が出てくるかは、書く時点では分かりません。それでも、そのときに書いたことしか使えません。

もうひとつは、覚えていないと使えないことです。20年前の書類に何が書いてあったかを把握していなければ、切り出す形を選べません。件数が増えるほど、これは難しくなります。

任天堂の特許が業界4位なのは、たぶん、そういうことです。


会社を特許で見るとき、件数はあてになりません。見るのは、1本がどれだけ厚いか、そして必要になったときに動かせる形になっているかです。

ほかにどんな数字が見られるのかは、会社の本気度を特許から読む5つの見方にまとめました。

日本の特許はJ-PlatPat(特許庁の無料検索)で誰でも引けます。気になる会社の名前で検索して、古い順に並べてみてください。まだ商品になっていないものが、たいてい混ざっています。

データ:特許庁「特許情報標準データ」「整理標準化データ」(2026年2月28日時点+週次差分)。出願人名に「任天堂」を含む出願3,406件、日付は出願日。訴訟の対象になった特許6件は任天堂の公表資料により、どの特許がどの操作にあたるかは報道によります。特許データに訴訟の記録は入っていません。審査を頼むまでの日数と早期審査は、経過情報が取れた案件(任天堂95.8%)の中での集計で、出願2000〜2016年に限っています。

数え方と限界はデータについてにまとめています。

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