任天堂は、知財の争いでほとんど負けません。
『マリオカート』に似せた公道カートの会社には、5,000万円。ゲームを違法にコピーする機器の業者には、約9,000万円。スマホゲーム『白猫プロジェクト』のコロプラとは和解し、報道された和解金は33億円でした。40年以上前、アメリカで『ドンキーコング』をめぐって大手映画会社に訴えられたときも、勝っています。
国内の知財の争いで、この会社が負けた記録は見当たりません。
「任天堂の法務部は世界最強」と言われるのは、この積み重ねのせいです。

では、その強さはどこから来ているのか。
今回は、特許庁に登録されているデータから調べてみました。任天堂の特許は、いちばん古い1976年のものから3,406件あります。
数えてみると、ペンの予想は外れていました。

任天堂は、特許をあまり出していません。ゲーム会社の中で4番目です。いちばん多いコナミの、半分にも届きません。
数で押している会社ではありませんでした。
必勝法は、後出しじゃんけんだった
特許は、出したあとで中身を決められます。
書類を出すときは、思いつくかぎり広く書いておきます。こういう形でもいい、こう応用してもいい、と並べておく。どこまでを自分のものにするかは、この時点では決めません。
そして審査が終わっていないあいだなら、書いておいたことの中から、新しい特許をあとで作れます。
大きな布を一枚出しておいて、あとから必要な形に切り出す。切り出せるのは、布の内側だけです。特許の世界では、これを分割出願と呼びます。

ここが効きます。切り出した権利の出願日は、元の出願日まで遡ります。
2005年の書類から2016年に切り出した権利は、2005年に出したものとして審査されます。そのあいだに世に出た他社の製品は、審査で持ち出されません。
つまり、相手の製品を見てから作った権利に、相手より前の日付が付きます。
普通の特許は、先に書いた権利で、あとから出てきた製品を捕まえられるかどうかの勝負です。これは、順番が逆でした。
ただし条件が2つあります。
布に書いていないものは、切り出せません。
審査が終わってしまうと、切り出せません。
任天堂の特許は、この2つに向けて作られていました。
だから、1本を分厚く書く
ひとつめの条件は、布の大きさです。
特許の書類には「請求項」という項目があります。この発明はここまでが自分のものです、と線を引く文で、1件の中にいくつも並べます。線を1本引くには、それを裏づける説明が書類の中になければなりません。請求項が多いということは、布が大きいということです。
日本の特許は、この項目が5つ以下のものが4割を占めます。任天堂は7%しかありません。逆に16項以上が、半分近くあります。

数は4位。でも、1本ずつが厚い。あとから切り出す材料が、それだけ多いということです。
そして、切り出せる期間を延ばす
ふたつめの条件は、時間です。
審査が終われば、その出願からは切り出せなくなります。裏を返せば、審査が終わらないかぎり切り出せます。
特許は、出しただけでは審査されません。「審査してください」と別に頼む必要があって、その期限が出願から3年です。頼まなければ、その出願は無かったことになります。
この3年をどう使うかで、切り出せる期間が変わります。
期限まで待つのは、日本の会社なら普通のことでした。全出願の中央値も1,000日近くあります。任天堂の1,052日は、その中でやや長いだけです。
違ったのは、長さではなく形でした。

任天堂の出願は、2つの山に分かれます。出してすぐ審査を頼むものが15%。期限の直前まで待つものが65%。そのあいだ——出して10か月から2年半——にいるのは、9%しかありません。日本全体では、ここに4分の1がいます。
出してすぐ頼むのは、出した時点でもう決まっているということです。期限まで待つのは、決めずに置いておくということです。任天堂の出願は、そのどちらかに寄っていて、あいだがありません。
伏せたまま持っておく、ということです。
決めてからは、速い
一気に動きます。
任天堂は「早期審査」をよく使います。急いでほしいと申し出て、順番を前に出してもらう仕組みです。使う割合は日本全体の3倍。使えば半年ほどで権利になり、使わなければ2年近くかかります。同じ会社の中で、4倍の差です。
コロプラとの争いで使われた6件を並べると、はっきりします。

指で画面をずらしてキャラクターを動かす操作の特許は、出してから半年で審査を頼み、早期審査に乗せて、1年2か月で権利になっています。出願は2004年9月。タッチパネルを積んだニンテンドーDSが発売される、3か月前でした。
長押しで攻撃をためる操作の特許は、逆です。3年近く手をつけずに置いて、期限の直前で審査を頼み、そこからは1年足らずで仕上げています。
伏せておくのと、一気に抜くのが、同じ棚の中に並んでいました。
2005年に出した1本が、まだ閉じていない
ここまでの話が、そのまま出ている1本があります。
2005年7月、任天堂は「通信ゲームシステム」という書類を出しました。ゲーム機同士がつながる仕組みの話です。審査を頼んだのは、期限の29日前でした。
そして権利になる直前から、この1本が枝分かれを始めます。
2011年に4本。2013年に1本。2015年に1本。2016年に1本。2017年に1本。2019年に1本。

7代まで続いて、いちばん新しい枝は元の出願の14年後に出ています。
このうち2本が、コロプラとの争いで使われました。
1本目は2011年に切り出したものです。2本目は2016年12月に切り出したもので、権利になったのは2018年1月12日でした。
任天堂が訴えを起こしたのは、2017年12月22日です。
この特許は、争いが始まったあとに生まれています。
そして提訴の3日後、2017年12月25日に、この一族の6本目が出願されています。この出願は、いまも決着していません。出してから8年、まだ審査が続いています。
まだ、切り出せる状態です。
通ったあとも、書き直せる
権利になったら終わり、でもありませんでした。
「訂正審判」という手続きがあって、成立したあとでも請求項を書き直せます。広げることはできません。範囲を狭めたり、書き方をはっきりさせたりして、無効にされにくい形に整えるための手続きです。
指で画面をずらす操作の特許は、2016年8月12日に訂正が確定しています。一度出した訂正を6月に取り下げて、その日のうちに出し直して、通しています。
任天堂が訴えを起こしたのは、2017年12月22日です。
2018年11月30日、任天堂は4件の訂正をまとめて請求しました。争いで使っている6件のうち4件です。全部が通り、2019年の6月に確定しています。
訂正審判は全部で8件ありました。6件が通り、2件は自分から取り下げています。通らなかったものは、ありません。
数ではなく、1本の質と、動かすタイミングだった
任天堂のやり方を、順番に並べるとこうなります。
出願のとき、書類に広く書いておきます。あとから切り出せるのは、ここに書いてあることだけだからです。請求項は中央値で15項。日本の平均は6項です。
審査は、すぐには頼みません。審査が終わると、切り出せなくなるからです。3分の2が、期限の直前まで動きません。
他社の製品が出てきたら、その製品に当たる形を切り出します。日付は元の出願日になります。
早期審査に乗せて、半年で権利にします。使う割合は、日本全体の3倍です。
権利になったあとも、訂正で形を整えます。
ただし、真似はしにくい
難しいところが2つあります。
ひとつは、最初の書類で上限が決まることです。20年後にどんな製品が出てくるかは、書く時点では分かりません。それでも、そのときに書いたことしか使えません。
もうひとつは、覚えていないと使えないことです。20年前の書類に何が書いてあったかを把握していなければ、切り出す形を選べません。件数が増えるほど、これは難しくなります。
任天堂の特許が業界4位なのは、たぶん、そういうことです。
会社を特許で見るとき、件数はあてになりません。見るのは、1本がどれだけ厚いか、そして必要になったときに動かせる形になっているかです。
ほかにどんな数字が見られるのかは、会社の本気度を特許から読む5つの見方にまとめました。
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