この記事の要点
- 2000年から2024年の特許出願は2,960件で、ゲーム会社では4番目でした。
- 登録された特許の請求項は、真ん中にくる件で15項。日本の全出願の6項より多く書かれています。
- 審査を頼むまでの日数は、65.5%が出願から3年の期限の直前に寄っています。
任天堂は知財の争いで負けないと言われます。『マリオカート』に似せた公道カートの会社には5,000万円。ゲームを違法にコピーする機器の業者には約9,000万円。スマホゲームのコロプラとは和解し、報道された和解金は33億円でした。
図1|任天堂が関わった知財の争い

40年分の7件のうち、6件は決着しています。負けたのは、英国でフィリップスと争った1件だけでした。
では、その武器庫はどれくらいの大きさなのか。任天堂の特許は、いちばん古い1976年のものから3,406件あります。
ゲーム会社の中での件数
図2|ゲーム会社の特許出願件数 2000〜2024年

2000年からの25年で2,960件です。ゲーム会社では4番目で、いちばん多いコナミの半分にも届きません。
あとから切り出す分割出願
特許は、出したあとで中身を決められます。出願のときは思いつくかぎり広く書いておき、どこまでを自分のものにするかは、あとで決めます。審査が終わっていないあいだなら、書いておいたことの中から新しい特許をあとで作れます。これを分割出願といいます。
大きな布を1枚出しておいて、あとから必要な形を切り出すようなものです。
図3|分割出願で権利を切り出すしくみ

ここで効くのが出願日の扱いです。切り出した権利の出願日は、元の出願日まで遡ります。2005年の書類から2016年に切り出した権利は、2005年に出したものとして審査されます。あいだに世に出た他社の製品は、審査の材料から外れます。
切り出せるのは元の書類に書いた形の中だけで、期限は審査が終わるまでです。
1件に並ぶ請求項の数
特許の書類には請求項という項目があります。ここまでが自分のものです、と線を引く文で、1件の中にいくつも並べます。線を1本引くには、それを裏づける説明が書類になければなりません。書いてある量が多いほど、あとで切り出せる形も多くなります。
図4|1件に並ぶ請求項の数

日本の特許は5項以下が4割を占めます。任天堂は7.1%で、16項以上が半分近くありました。請求項の数で順に並べて真ん中にくる件を見ると、任天堂は15項、日本の全出願は6項です。
審査を頼むまでの二つの山
特許は、審査を頼んで初めて審査に入ります。期限は出願から3年で、過ぎるとその出願は無かったことになります。
図5|審査を頼むまでの日数

任天堂の出願は2つの山に分かれます。出してすぐ頼むものが15.5%、期限の直前まで待つものが65.5%。そのあいだにいるのは9.3%で、日本全体の25.0%より薄くなっています。
期限まで待つあいだは、切り出す余地が残ります。
決めてからの速さ
任天堂は早期審査をよく使います。急いでほしいと申し出て、順番を前に出してもらう仕組みです。これに乗せると半年ほどで権利になり、乗せなければ2年近くかかります。
図6|争いで使われた特許6件の、待った時間と決めてからの時間

コロプラとの争いで使われた6件を並べると、出し方が分かれています。指で画面をずらしてキャラクターを動かす操作の特許は、出願から7か月足らずで審査を頼んでいます。早期審査に乗せて、1年2か月で権利になりました。出願は2004年9月、タッチパネルを積んだニンテンドーDSが発売される3か月前です。
同じ6件の中には、逆の出し方もあります。3年近く手をつけずに置き、期限の直前で審査を頼んだ1件です。
14年続いた1本の出願
2005年7月、任天堂は「通信ゲームシステム」という書類を出しました。ゲーム機同士がつながる仕組みの話です。審査を頼んだのは、期限の29日前でした。
図7|「通信ゲームシステム」から切り出された出願

そこから枝分かれが始まり、7代まで続きます。いちばん新しい枝は、元の出願の14.3年後に出ています。
このうち2本がコロプラとの争いで使われました。任天堂が訴えを起こしたのは2017年12月22日です。新しいほうの5代目は2016年12月に切り出されていて、権利になったのは提訴の3週間後、2018年1月12日でした。
提訴の3日後にあたる2017年12月25日にも、この一族の6代目が出願されています。出してから8年、この出願にはまだ処分が付いていません。
件数では測れないもの
特許の数だけを並べると、任天堂は4番目の会社です。1件に書いてある量と、審査をいつ頼むかまで見ると、形が違って見えます。
会社の特許は誰でも引けます。手順は先行技術調査を自分でやる手順にまとめました。














