「トヨタは全固体電池に本気だ」と言われて10年近くになります。実用化の予告は何度かありましたが、まだ市販車には載っていません。
会社が本気かどうかを外から測る方法は限られています。決算書には出てきません。会見の言葉は、いくらでも強く言えます。
特許は違います。1件ごとに書類を書き、審査に答え、権利を持ち続けるかぎり費用を払い続けるものです。人と時間を使った跡が、そのまま公の記録として残ります。
日本で出された全固体電池の特許は1万83件。うちトヨタが1,811件でした。
数えてみると、この10年でこの分野そのものが大きく変わっていました。
全固体電池とは何か
いまのリチウムイオン電池は、電気の運び手であるイオンが液体の中を移動しています。全固体電池は、その液体を固体に置き換えたものです。
利点は3つあります。液体が漏れないので燃えにくい。イオンが速く動くので充電が速い。液体を封じる構造がいらないので薄く重ねられ、同じ体積により多くの電気が入る。
トヨタの目標は、満充電で1,000km前後、充電10分ほど、2027年から2028年の発売です。
数えたら、5件に1件がトヨタだった
- 分野全体に占めるトヨタの割合は約19%で、1位
- 2位はパナソニック。トヨタはその3.2倍
- 2005年以降、一度も1位を明け渡していない。それ以前の1位はパナソニック
- 出願の85%は単独。他社と組んでいない
この分野でトヨタの特許に名前を載せている技術者は、年に130人ほどです。その人たちが20年間、毎年130件前後を出し続けてきました。一人あたり、年に1件です。
ところが、その割合は10年下がり続けている
- トヨタのシェアは2010〜14年の28%が最高。直近は16%
- トヨタが1年に出す特許のうち全固体電池が占める割合は2018年が最高で、そこから2割ほど下がって横ばい
- トヨタ全体の出願は年6,300件から6,800件へ増えている
- 全固体電池は10年間、年130件前後で動いていない
会社全体は伸びているのに、全固体電池だけが増えていない。数字だけを見れば、勢いを失ったように見えます。
減ったのはトヨタではなく、増えたのはまわりだった
この落ち込みには、数え方の問題が隠れています。
特許が日本に出てくる入口は2つあります。日本の特許庁に直接出すものと、国際出願として出したものが2年半ほどかけて日本に入ってくるものです。後者は遅れて届くため、直近の年を数えると未着分が抜け落ちます。
分野全体を素直に数えると、数年前をピークに減って見えます。届き終わった分だけで数え直すと、2024年が過去最高でした。この分野は伸び続けています。
- トヨタの出願は98%以上が日本への直接出願で、数字はすでに確定している
- 競合の直近の数字は、これから増える
- 同じ入口だけで比べると、トヨタの取り分は2018年の40%から2024年の24%へ
- この分野に出願した会社は、2010〜14年の262社から、2020〜24年の544社へ。10年で倍
- 発明者は594人から1,400人へ
トヨタは減っていません。まわりが増えました。
かつて、この分野はトヨタとパナソニックが中心にいる世界でした。いまは、ひとつの業界になっています。

勝負どころは、材料だった
なぜこれほど多くの会社が入ってこられたのか。
全固体電池が、自動車の技術ではなく材料の技術だからです。
何が難しいのか
液体は電極のすみずみまで自分で染み込みます。固体は押し当てるしかありません。
そして電池は、充電すると電極がふくらみ、放電すると縮みます。固体の電解質がその変化についていけないと、すきまができるか割れる。そこで電気の道が切れます。
全固体電池が長く実験室から出られなかった理由は、ここにあります。難所は、電池の設計ではなく材料の性質のほうにありました。
硫化物と酸化物
固体電解質には、大きく2つの路線があります。
酸化物はセラミックで、硬い。熱にも水にも強く、扱いやすい。ただし硬いぶん、電極の変化に追従できません。
硫化物は柔らかい。粉の表面がやわらかく、電極がふくらんでも縮んでも密着を保ちます。押し固めるだけで接合でき、量産に向く。イオンの動く速さも最高クラスです。弱点は、水に触れると有毒なガスが出ること。工場を極端に乾燥させる必要があり、費用がかかります。
柔らかいが、危なくて高い。硬いが、安全で安い。
どちらを選ぶかで、その先の技術も、組む相手も変わります。
路線が違えば、顔ぶれも違う
- 分野全体では、硫化物と酸化物の比が約3対1
- トヨタは約8対1。ほとんど硫化物に寄せている
- 日本で硫化物の特許を出しているうち、4件に1件がトヨタ
- 硫化物でトヨタの次に来るのは出光興産、富士フイルム、古河機械金属
- 酸化物でもトヨタが1位だが、その下に来るのは日本特殊陶業と太陽誘電
同じ「全固体電池」という言葉でくくられていても、路線が違えば戦っている相手が違います。そして名前が並ぶのは、電池メーカーではなく材料メーカーです。

硫化物を選んだから、相手が石油会社になった
- 硫化物の特許を出している会社は、トヨタの次が出光興産
- 硫化物電解質の原料になる硫黄は、石油の脱硫で出る副産物
- 2023年に両社が提携。出光は硫化リチウムの工場を建設中で、2027年稼働、2030年に年1,000トン(年5〜6万台分)
- トヨタの共同出願の相手には、東京科学大学(旧・東京工業大学)が23件。2016年に世界最高クラスのリチウムイオン伝導体を発表した研究室で、その論文にトヨタの名がある
技術の選択が、組む相手を決めています。酸化物を選んでいれば、隣にいるのはセラミックの会社でした。
石油会社が、電池の中核部材をつくる。10年前には成り立たなかった組み合わせです。
トヨタの技術者は、主役を入れ替えながら走ってきた
ここからは「出した特許」ではなく「認められた特許」を見ます。トヨタが権利を得た特許9万4千件のうち、題名に用途を書いているものを取り出しました。
- 用途が書かれているもののうち、約6割が「車のため」。2000年ごろから動いていない
- エンジン・排気向けは12%から1.3%へ
- 2000年代後半に電池が立ち上がる。ただし当初は燃料電池が二次電池の4倍近い
- 2022年以降、初めて二次電池が燃料電池を上回った
エンジンから燃料電池へ、そして電池へ。主役は20年で二度入れ替わっています。
そのたびに、現場では扱う材料も測る道具も変わったはずです。それでも出願は止まっていません。全固体電池は、その入れ替わりのいちばん先端にあります。

材料をやってきた人に、席ができている
- 10年前の5年間に出願したのは262社。直近5年は544社
- 直近5年に参入した会社のうち318社は、その前の10年に1件も出していない
- 新顔の上位はサン・ゴバン、キヤノンオプトロン、東亞合成、ENEOSマテリアル
- 発明者は10年で800人増えた。その多くはトヨタの外
新しく入ってきた会社の名前を、もう一度見てください。自動車会社はほとんどいません。 ガラス、光学部材、化学、石油。材料をつくってきた会社ばかりです。
全固体電池が材料の技術である以上、そうなります。硫化物をどう合成するか、粉をどう揃えるか、水分をどう避けるか。ここで効くのは車の知識ではなく、材料の知識です。
トヨタも同じ方向を向いています。トヨタは電池領域でキャリア採用の窓口を設けており、採用ページには「キャリア採用の方には、ぜひトヨタにはない価値観を持ち込んでいただきたい」と書かれています。社内にない知識を、外から入れようとしているということです。
転職サイトで「全固体電池」と検索すれば、いま数百件の求人が出てきます。10年前には、ほとんど存在しなかった職種です。
やりたいことがあるなら、いま動ける
10年前、この分野に入るにはトヨタかパナソニックに入るしかありませんでした。544社の中から選べるいまとは、まったく状況が違います。
粉体を扱ってきた人。コーティングをやってきた人。硫黄を扱ってきた人。セラミックスを焼いてきた人。そのどれもが、この分野で必要とされている技術です。
いまいる会社では脇役だった経験が、ここでは中心になるかもしれません。
特許は、会社が10年後に何に賭けているかを教えてくれます。そして募集がかかっている分野は、その会社がいま人を必要としている分野です。
この10年で、800人分の席が新しくできました。 その席は、まだ埋まりきっていません。
やってみたい技術があるなら、動くなら今です。
次回:トヨタの全固体電池は、もう工場の話になっているのか。2027年という予告が本当かどうかを、特許の中身から確かめます。
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