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健康

ショートスリーパー遺伝子と特許

短い睡眠で足りる体質に関わる4つの遺伝子を、特許データベースで探しました。

この記事の要点

  • 短時間睡眠に関わる4つの遺伝子の変異を請求する特許は、調べた範囲では見つかりませんでした。
  • DEC2という遺伝子は、睡眠との関係が報告される10年前の1999年に日本で出願されています。
  • 日本には、PER3という時計遺伝子の型から睡眠と薬の効きを予測する登録特許があります。

短い睡眠時間で足りる体質は遺伝する、という研究が2009年から続いています。そこで名前の挙がった遺伝子は4つです。この遺伝子が特許になっているのか、世界の特許データベースと特許庁のデータで調べました。

報告された4つの遺伝子

短い睡眠時間が家族にそろって見られる例を追いかけた研究が、これまでに4つの遺伝子を報告しています。

遺伝子報告の内容掲載誌と年
DEC2(別名 BHLHE41)睡眠の長さに関わり、他の遺伝子の働きを抑えるたんぱく質を作るScience 2009年8月
ADRB1神経の信号を受け取るβ1アドレナリン受容体の、稀な変異Neuron 2019年9月
NPSR1神経ペプチドSという物質を受け取る受容体の変異Science Translational Medicine 2019年10月
GRM1グルタミン酸を受け取る受容体の1つの変異Current Biology 2021年1月

最初に報告されたのは DEC2 です。2018年の続報は、マウスと細胞の実験の結果を報告しています。DEC2 は目覚めを保つ物質オレキシンの遺伝子を抑えており、変異があるとその抑えが弱くなる、という内容です。4本の論文には Fu Ying-Hui が共通して入り、2019年以降の3本には Ptáček LJ も入ります。

4遺伝子を請求する特許

見つかりませんでした。探したのは WIPO の PATENTSCOPE です。世界各国の特許出願を集めたデータベースで、英文の題名や請求項をまとめて引けます。

引いたのは、短時間睡眠を指す英語の言い回しと、4つの遺伝子名に「short sleep」を掛けた組み合わせです。研究者2名の名前を発明者として引く形も試しました。どの引き方でも0件です。同じ方法で「オレキシン」を引けば16,073件が出てきます。

近いところで出るのは2件だけでした。BHLHE41 と short sleep の両方を含む出願で、2件は同じ発明の別の公開です。出願人は個人で、テーマは認知症の治療でした。

研究者の名前で出る特許

Fu Ying-Hui を発明者として引くと18件あります。このうち題名か主題が睡眠なのは2系統でした。睡眠相前進症候群という別の体質に関わる遺伝子の出願と、CK1ε/δ というタンパク質の酵素の出願です。

出願は2002年と2003年で、名義はユタ大学の研究財団と研究者個人に分かれます。どちらも今回の4遺伝子とは別の研究です。

日本に入ってきたもの

4遺伝子を請求する出願が見つからない以上、日本に入ってきた版もありません。念のため、特許庁のデータでも引き直しました。

外国で始まった出願は、国際出願として1回出してから、権利を取りたい国の特許庁へ持ち込む形が多くあります。

日本でのカリフォルニア大学理事会の表記は、中黒や読点の違いも含めると45通りありました。そこにぶら下がる出願のうち、発明の名称に睡眠や概日リズムを含むものは4件です。中身は薬と脳深部刺激でした。ユタ大学の名義では8件あり、うち7件は光のまぶしさと概日周期に関するものです。

日本の公開特許の英文抄録を1978年から2025年まで通して引くと、BHLHE41 と NPSR1 はどちらも0件でした。筑波大学の名義で題名が睡眠に関わる出願は10件あり、中身は化合物と装置です。

1999年に出願された DEC2

DEC2 という遺伝子そのものは、日本で出願されています。中外製薬が1999年8月19日に出した特願1999-233286です。発明の名称は「新規bHLH型転写因子遺伝子、DEC2」で、ヒト由来の転写因子を単離した、という内容でした。単離は、生体から目的のものだけを取り出すことを指します。

抄録が挙げる用途は、細胞の分化と増殖に関わる疾患の医薬開発のツールです。睡眠には一言も触れていません。DEC2 と睡眠の関係が報告されるのは、この10年後の2009年です。

中外製薬の出願は、みなし取下げという扱いで終わりました。出願を取り下げたものとみなす、という扱いです。

同じ題名で発明者も同じ3名の出願が、2000年6月に国際出願として出され、日本にも入りました。特許庁のデータに残る出願人は、別の会社です。2つの出願の関係は、手元のデータからは確認できていません。

この国際出願は、2010年8月12日に拒絶査定となりました。審査の末に登録を認めない、という決定です。

日本で登録された使い方

睡眠の長さやリズムを遺伝子の側から請求した日本の出願は、3件ありました。

出願人出願登録発明の名称
ヴァンダ ファーマシューティカルズ2008年9月特許5590676(2014年)PER3VNTR遺伝子型に基づく睡眠パラメータ及び睡眠誘導化合物に対する応答の予測
三菱化学1998年9月特許4219089(2008年)サーカディアン周期に関与する哺乳動物遺伝子
住友電気工業1998年5月なしサーカディアンリズムに関するDNA、該DNAがコードする蛋白質、該蛋白質を認識する抗体

睡眠と遺伝子の型を直接結びつけているのは、ヴァンダの特許です。PER3 という時計遺伝子には、決まった配列が何回繰り返されるかに個人差があります。

請求項は、どこまでを権利にするかを書く項目です。登録されたときの請求項1は、繰り返しの型が5/5の人について2つの予測を書いています。型が4/4や4/5の人よりよい睡眠を示すことと、睡眠を促す薬の効きがより低いことです。

請求項2は、睡眠の良し悪しを何で測るかを4つ挙げています。総睡眠時間はそのうちの1つで、名指しで予測の対象になっているわけではありません。

遺伝子と特許の線引き

米国では2013年6月13日、連邦最高裁が Myriad Genetics をめぐる事件で判断を示しました。対象は、乳がんと卵巣がんのリスクに関わる BRCA1 と BRCA2 です。

判示の骨子は2つあります。自然に存在する DNA の断片は、単離しても自然の産物であって特許の対象にならない。自然には存在しない形に作られた cDNA は特許の対象になる。

日本の扱いは違います。特許庁の審査基準は、天然物から人為的に単離した化学物質や微生物は創作されたものであり発明に当たる、と書いています。審査ハンドブックの附属書Bは、請求項の書き方の例として「単離された核酸分子」を挙げています。

ただし条件があります。附属書Bは、有用性が明細書に書かれていない生物学的材料は産業上利用することができる発明に当たらない、とも書いています。遺伝子を見つけただけでは足りず、それが何に使えるかを書く必要があるということです。

調べた結果

短時間睡眠に関わる4つの遺伝子は、調べた範囲では特許になっていませんでした。特許になっていたのは、遺伝子の型から睡眠と薬の効きを予測する使い方のほうです。DEC2 という遺伝子が日本で出願されたのは、睡眠との関係が知られるより前でした。

データ:WIPO「PATENTSCOPE」(2026年9月20日取得。英文の題名・要約・請求項・明細書が対象)、特許庁「特許情報標準データ」「整理標準化データ」(2026年2月28日時点+週次差分2026年8月19日まで)。論文の書誌はPubMed、審査の扱いは特許庁「特許・実用新案審査基準」と「審査ハンドブック 附属書B」、米国の判決は Association for Molecular Pathology v. Myriad Genetics, Inc., 569 U.S. 576 (2013) によります。

「見つからなかった」は、ここで使った条件で出てこなかったという意味です。英文が用意されていない出願は、この調べ方では出てきません。研究の内容は公報と論文にそう書かれているという事実で、医学的な効果を確かめたものではありません。

数え方と限界はデータについてにまとめています。

データについて